トップページへ

各位

紅天会」結成の挨拶

紅天会 会長 橋本琢磨

下北半島のブナは落葉し、長野県のツキノワグマは活発にエサを探し回り、松戸市の水道水は冷たくなった。冬がやってきたのだ。
21世紀。科学文明の飽和を告げ、人類の生き様に新たな文化的スタイルを構築するべくして始まったこの時代、その最初の秋が、今終わろうとしている。
今年のキノコは今ひとつであった。温暖湿潤であるはずの日本の山々の林床は、現代人の心を写すかのように乾いた感触をもって我々を迎え、ほんのわずかな食菌を授けてくれただけであった。しかし、そんな中でも、我々に内在する天然狂気の象徴である、紅天狗茸は、純白の白樺林の中でひっそりとかつ盛大に、我々の到来を待っていてくれた。我々はその姿に見ほれながら、自らの今年の命を祝うため、それを食した。それはやはり。旨かった。
過保護な母性的文化が蔓延るこの日本現代社会において、紅天狗茸はイケナイ菌の代表として遇されており、菌類図鑑ではその美しい姿の周りを毒々しい朱色で縁取られている。しかし、信州や東北をはじめとするブナ林文化圏においては、紅天狗茸は古来より重要な食菌であり、主に塩蔵し、正月の雑煮などに用いられていたと言う事実が、一方で存在していたことは、二風谷のアイヌ遺跡や沖縄の島言葉と同じように葬り去られようとしている。
我々の「命」をつないできてくれた「文化」とは、一体何であったろうか。こうして液晶画面に向かってキーボードを叩き続けることで、我々の「命」を繋ぎ続けうる「文化」は生み出され、更新されて行きうるのであろうか。
ここに、21世紀冒頭三十路に突入しようとしている男達がいる。改造されゆく列島の端々で産湯を使い、オイルショック後の経済大国に教育を施され、バブルの風の中で思春期を知り、そして今、うだつの上がらぬまま働き盛りを迎えようとしている男達だ。彼らは世の中に対して何だ声を荒げようとは思わない。ただ、己の身も心も魂も全てが、世の中に取り込まれてしまうことは良しとしなかった。サラリーマンと言う新興民族が多数を占める団塊の世代が見捨て、タブー化し、葬ろうとしている旧文化に光を当て、また自らの光によって新たな文化的発見をしてやろうとする、静かな情熱を宿していた。その男達は志同じくする者を身近に見出し、徒党を組んだ。そしてその徒党こそ「紅天会」であり、その男こそ俺達よ。
紅天会の活動は決して派手ではない。政治的ではない。人道的でもない。退屈でもない。偽善的でもない。むしろそれらの反対だ。ただ、己の愉しみとして、それを行う。だがその愉しみとは安易に愉楽的であったり、快楽的であったりするものとは異なるだろう。時には死線を垣間見る雪中行軍もあるだろう。だが、真の愉しみとは、相手に対して本気で取り組むことから生まれてくるものだ。

紅天会は結成された。そして、貴君は名誉ある第一次会員に選ばれた。
おめでとう。
第一期 紅天会の構成メンバーと役職を以下に発表する。

(以下略)


トップページへ

inserted by FC2 system